国宝

こんにちは。

ここへも寄ってきました。
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彦根城です。桜はまだまだこれからでした。
見慣れた松本城より規模が小さいのでどうかなぁ~と思ってましたが、予想以上に威風堂々かっこよかったです。
天守から見える琵琶湖や近江盆地の広がりは素晴らしく、まさに天下を治めているという気持ちになって当然だと思いました。
この頃城や戦国時代にも興味が出てきましたが、つくづく人の心は変わりやすいものだと実感しています。
野菜づくりも縄文も今では考えられないほど関心はありませんでしたからね。
どうも何かしらの根本原理を知りたいという昔からの欲求が、ここにきて多方面に向かい過ぎている気がしてなりません。
小さいこどもが、「どうして?なんで?これはなに?」と言い続けるのと同じ状態です。
楽しいけれど、ちょっと心配。。。

伊那の勘太郎

こんにちは。

週末に京都へ行ってきました。
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うわ、懐かしい~  と思うのは7、80代の方々でしょうか?
ある施設の入り口真正面に飾ってありました。
この映画は大ヒットしたようで、伊那には勘太郎の碑、勘太郎踊り、勘太郎焼酎などが今でもあります。
伊那にお出での際には見つけてみてくださいね。

壮大

こんにちは。

年度末ということでしょうか、3、4月はイベントも意外と少なめでちょいと寂しいです。
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土器等の製作物は、それは見入ってしまうほどすばらしい芸術品であり心奪われますが、物そのもの以上に興味がある、というよりおそらく自分の最終目的は、その精神性を知ることにあると思っています。
弥生以降のたった2千数百年間の歴史をもって、1万数千年間の縄文時代を把握しようとすることはまさに壮大な目標であり、これだけ世の中が進歩していると思われていても、その概略を捉えるだけでも数十年いや何年かかるのか想像さえできません。
だからこそ壮大なロマンがあり惹きつけられるのでしょう。
自分の一生の内で、世界観がひっくり返るような大発見があると面白いんだけどな。

伝えること

こんにちは。

自身が歩んできた道を振り返ってみると、次の世代に参考になる知恵もたくさんあるように思います。
ただ、それを全て伝えることが良いかというとそうではない気がして、結局、これだけは伝えておかないといけないと思うことだけにギュッと絞られます。
知恵も、それが知恵であるということが理解できなければ意味はありません。そう考えると、本当の知恵とは自ら獲得するものであって、教えてもらうものではないのかな?
伝えたい事はそれこそごまんとあっても、本当に伝えるべきことはおそらく数えるほどしかないのでしょう。
ああだこうだと言いたい気持ちをグッとこらえるのも大変です。。。
そんな時、自分の親も色々言いたいことがあったんだろうなぁといつも思うわけです。

ひとくぎり

こんにちは。

数十年埋もれていた学校近くの古墳群を、6年生たちが1年掛けて懸命に整備しました。
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そんな彼らも卒業、式での合唱を聞くとさすがに涙が溢れ、一粒の涙がホロッと落ちたらもう最後だと思い、懸命に堪えました・・・
いよいよ背丈も並びそうなこの頃、どう歩んでいくのか、一緒に楽しんでいこうと思います。

みつめて

こんにちは。

いろんなところで肩ひじ張ってませんか?
「おっ いまわたし肩に力はいってるなぁー」と気づくだけでもずいぶん楽になります。
寒さが和らぐにつれ、こころもからだもちゃんとほぐれてきます。
さ、外へ出て。
植物の芽をじーと見つめて、今にもはじけようとしているそのエネルギーを、息一杯吸い込んじゃいましょう。

CM

こんにちは。

ここへきて伊那市も色々と頑張っております。
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ご覧になった方はいらっしゃいますか?
伊那から離れて暮らしている方にとっては、突然の映像に目頭が熱くなったかもしれませんね。

恵み

こんにちは。

春の訪れはまずこれから。
次男と、自転車を転がしながら採りに行きました。
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ひょひょ いつもの場所にあったあった。
ここ何年か、思い立ったときはもう花が開きそうな頃合いでしたが、今年は何とか間に合いました。
あぁ、春が来る。

海と原発

こんにちは。

あれから5年。ふと考えたことがあります。
子供の頃、母の実家のある海辺で毎年夏休みを過ごしていました。
泳ぎには自身がありましたが、一度本当に溺れかけたことがあります。何度も通った浜辺は熟知していたし、シーズンに2、3人打ち上げられる事故もあるので用心もしていましが、その時は身をもって海の怖さを心の底から思い知りました。
こちらは日本海側にある原発の作業員だった方の話です。
施設内の作業中にちょっとした放射能漏れが発生するのは日常茶飯事で、扉の外に漏れた場合は雑巾でさっと拭いておしまい。誰も身にせまる怖さなど感じず淡々と仕事をこなしていたそうです。結局色々疑問を感じたため彼は会社を去りました。
生物が身の危険を察知できることは生きる上でとても重要なことですが、危険のただ中にいてもそれを目で耳でさらに本能的にも感知できない場合、一体どうなるでしょうか。
自然界にはない人工的な危険は将来更に増えていくことでしょう。
私たち生物が進化していくのか、はたまた手に負えるところにとどめておくのか。
いずれにしても、どちらかしかありません。

やまれぬ思い

こんにちは。

心から湧き上がる思いで読み漁っています。
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学生時代は心の赴くまま文学にどっぷり浸かり、ここ10年は経営者としてビジネス書を読み漁り、そして今、世の中ちょっとおかしいんじゃないかとの思いが年々に強くなり、あるべき道を危機感を持って模索しています。
古代から続く先人達に思いを馳せると大いなる感謝の念が込み上げると共に、そのおかげさまをことさらに食いつぶすのみで、子に孫に未来に何も引き継ぐものを残せないであろう事が容易に予想できる現状に、少しづつでもいい、何かなさなければならないと考える毎日です。
ぼんやりと見えているのは、食と教育です。
問題の根本はここにある気がしていて、逆にこの2つがしっかりしていておかしな社会になるとは思えません。
何でもまず行動すればよいというわけではなく、特に相手がある場合は熟考に熟考を重ねた上で動く必要があります。だから、行動を起こす前には自分の中に基盤となるものを持っていないといけません。とにかく学ぶべきことが押し寄せてくる毎日です。