こんにちは。
何度かご紹介したことのある致知出版のメルマガですが、近頃は心を大きく揺さぶられるものが少なくて物足りなさを感じています。 担当者さんゴメンナサイ・・・
もちろん慣れや対する思考回路が太くなったせいもあるでしょうし、また恐れ多くも、それらの言葉を自然に飲み込めるくらいの若干の成長もあるのかなとも思ちゃったりもします。
そのような中、今日は久しぶりに目を留めるものがありました。
少々長くなりますがご紹介いたします。
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ある地方長官が新しい
任地に赴いたが、仕事のことは
ゆったりした大人型の人物と
忠実に働いて仕事のよくできる
人物の二人に任せっきりで、
本人は一向に何もしない。
そこで"今度の長官は
変わり者だ"とみんなが
噂し合っておったところが、
一年経ち二年経つうちにその地方が
実によく治まってきた。
それに気付いた民衆が今度は
"長官は本当に偉い人だ、
ああいう人が至れる人と
いうのだろう。
あの人のすることは
「之を日計すれば足らず、
歳計すれば餘りあり」"
と言って感心し始めた。
つまり一日一日の
勘定では赤字だが、
一年中の総決算をすれば
ちゃんと黒字になっている
と言うのであります。
そして民衆が集まって
この長官を表彰しようという
相談が持ち上がった。
これを聞いた長官は
甚だおもしろくないといった顔で
"俺ももう少しできた人間かと
思っていたら、民衆の目に
つくようではまだまだ俺もだめだ"
と言ったというのであります。
民衆から褒められたり
立てられたりするうちはだめで、
居るのか居ないのか
わからないが、その人が居れば
それだけでみんなが落ち着く、
問題が起こらない、
そういう人間が一番至れる人だ、
という考え方であります。
われわれの一生も、
大体は日計すれば足らずで、
何事によらず赤字と思われますが、
しかし、いよいよ老いて
生涯を省みて黒字だとなれば、
これは道に合った
成功の人生ということになります。
反対に一日一日きびきび
やってきたつもりだが、
さて死にがけになって
"一体俺は何をしてきたのだろうか"
というような大赤字になったのでは
これは失敗の人生であります。
――安岡正篤(東洋思想家)
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う~ん実に良いですね。
良い点が取れるようにテスト勉強をする、勝つために部活を頑張る、合格する為に受験勉強をする。
自分たちは実に幼き頃から、未来の果実ために「今」を投資することを当たり前として過ごしてきています。
疑問を抱く時間が無いほどに人生を駆け抜ける人は幸せなのかもしれませんが、普通は、「一体俺は何をしてきたのだろうか」と考えることが、どこかで一度はあると思うのです。
そこでもし「大赤字」だと気づいてしまったら・・・
ということで、黒字を目指して益々好きなことに邁進しようと勢いづいてしまう自分は、果たしてどこに向かっているのでしょう?